庭は主張だ。

北のおっさんガーデナーが、偏った思考で気に入った植物だけを気が済むまで植えていく、そんな庭のお話。

「一年草扱い」という理不尽さ。

世間的に「一年草」として認識されている植物の中で、実際のところ「本物の一年草」はどれくらいあるのだろうか。

よくよく調べてみると実は生息地では多年草なのだが、日本では越夏越冬ができないことから、一年草とされている種が多いのだ。

我々はそんな状況を極めて自然に受け入れているわけだが、よくよく考えるとこれほど理不尽でえげつないこともないのではないだろうか。

簡単に言うと「本来は長生きできるけど、日本は生育環境が合ってないから一年で死にます。だから生きている間だけでも楽しもうぜ」、こんな感じ。

しかも我々はそれを「一年草扱い」という微妙な官僚的文言によってオブラートに包み、巧妙な手口で無理やりソフトな印象に仕上げているわけだ。

ほんと毎年、どんだけ植物の命を粗末にしてんだよって感じなのだが、実際俺も含めて植物に対し罪悪感を持っている人はほとんどいないであろう。

でも客観的に見ると倫理観ゼロのクズ思考と言える。

もしこれが動物であったなら大変だ。

愛護団体にしこたま突っ込まれる事案だが、実際は世界を見渡してもそうはなっていない。

やはり同じ命でも動物と植物では重みが異なるってことだ。

植物ってそのへんが実にゆるくて扱う方も気楽だ。
倫理観が抜け落ちている。

そんな現状でも、俺は少しでも多年草多年草として扱いたいと思っている。

日本では越冬できないという種であっても、なんとか自分らしく生きてもらおうと努力している。

例えば下の画像はトウゴマのギブソニー

いわゆる「一年草扱い」の種だが、全く気候の合っていないここ北海道の屋外地植えでも越冬できないか試行錯誤している。

ある意味拷問ちっくな行為。

今のところまだ雪の下だが、もう少ししたら結果が出るが、たぶん死んでるだろな。

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倫理もへったくれもない。

これは俺の究極のエゴとただただ勝手な挑戦なのだ。

 

 

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